旅の記録ー2

ご住職と対面、当方の事情の説明、ご住職の考えを聴いて話し合った。
結果、満額とは言えないが当方の事情をくみ取ってもらえた、少々の宿題は残ったが背中が軽くなった。

後は母の決断と手続きだけ、道筋がハッキリと見えたので一安心。

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その夜はホテルの部屋から街の夜景を見ながら考えることが多かった、出向いて良かった。

(後日談)
本日、母へ結果の報告に行った・・・あれほど説明して本人も納得していたのだが
覚えていなかった、話が前に戻ってしまった、認知症が足早に進行しているみたいだ。

1時間話してようやく少し思い出したがこのままでは進まないので全権委任を取り付けた・・・疲れた。



話が終わって本堂に案内されご本尊に手を合わせたら長居は無用、ホテルに行ってチェックイン。

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9階建のビジネスホテル、net早割で予約していたのでリーズナブルのお値段で泊まれる。
少し休んで外出、外は強烈に寒くなっていた、身につけてきた防寒では間に合わない寒さだった。

デパ地下に行って名物を購入、母には八戸せんべい、妻には筋子、塩ウニ、etc、早速宅急便で送った。
デパートから歩いて15分、本八戸駅で翌日の新幹線指定席購入、寒くて死にそうだった。

本当は海が見たかった、しかし海への往復時間、および服装から判断して耐えられないと思い断念した。

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ホテルに戻って夕方まで休息、窓辺に立って遠方を眺めたら海の方向が開けていた、超望遠・・海が見えた。
満足したので、今な無き元実家付近を訪ねて歩いた。

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この場所はロー町(ろうちょう)と呼ばれる、昔牢屋があった場所からついた名称、かつては狭い路地の両側に
映画館4件、飲食店が並んでいたのだが・・その面影すらなかった、月日の流れとはこういうものだろう。

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通りから次の通りまで抜ける道、新しい名前の路地になっていた。
昔は鷹匠小路という名前だった、寿司、一杯飲み屋、BARが所狭しと並んでいた、大人の路地だった。

ホテルから歩いて15分、27年前に去った地、22年前に区画整理で道路が造られるので立ち退いた場所。

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手前の家の半分と2台目の車のあたりまでが実家だった、他に土地を購入していたのだが千葉に引っ越した。
感慨に浸ると寒くて凍えそうなので繁華街に向かった。

近代的なビルなどは林立しているが少し注意してみると昔の面影が実在していた。

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ビルの谷間に屋台の出店、昔より立派なテントだが・・・ホッカムリしたおばちゃんは変わらない。
そう、これが八戸スタイル、懐かしかった。

八戸は新産業都市、工業地帯でもある、新幹線開通で観光化に拍車がかかっている。
”ズーズー弁”なんてのは聞こえてこない、街ゆく人は標準語の世界・・これもビックリ、出張族案内が多い夜の街。

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こんな横丁も出来ていた、八戸には似合わない華々しさに感じた。

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きらびやかなネオンきらめく屋台村。

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5人の座れば満席の対面屋台、ネオンが無ければ風情はあるがキラビヤカすぎる、marukei向きでは無い。
そして単価も高い、一軒覗いて料理の種類と値段を聞いて冷たくも座らずに出たmarukei。

ビルの奥まった場所に赤暖簾発見、妙にひかれたのでそこにした。
同年代のおばちゃんの店、お客さんも落ち着いた人たち、転勤族、地元の人・・・話が弾んだ。

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生ホッキ貝の刺身、これで¥400、お値打ち居酒屋で地元のものを美味しくいただいた。
気がつけば遅い時間になっていた、ホテルに戻ったのは午後10時30分過ぎだった。

背中も軽くなって外を眺めていたら眠くなった、しかし真夜中の3時に目が覚めて眠れなくなった。
やはり神経が高ぶっていたのだろう、大変疲れた一日だった。

=== 旅の記録ー3に続く ===
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