情けない一日半・・不安症の我が身

気は優しくて力持ち・・・等とのたまえば真っ赤なウソ。

過度の心配性、メリーちゃんの羊のような小心、これもまた過度の不安症・・・これが我が身の実態である。
さらけ出すのはチト恥ずかしいが実際の一日半、情けないmarukeiの実態を自分で暴露する。

スーパー快晴の日、訪ねてゆく弟をまって電波が通じる樅沢岳から撮った写真を拝借して綴る。

9/14月曜日、前日の晩から新穂高へ向かった次男から早朝6時5分に「行ってきます」とメールが届いた。
双六小屋に勤める兄を訪ねてゆくのだ、長丁場、なるべく連絡しての父の願いを胸において歩き出したらしい。

8時20分、「秩父沢なう」とメール、標準時間より少し早いペースで登っているみたいだ。
9時20分、「シシウド原」と着信、順調、これなら鏡平は10時30前後か電話が来るかも知れない。

9時30分、長男から電話、心配なので休み時間を利用して電波が届く樅沢岳に登ってtelしてくれた。

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スマホの写真も添付されていた、スーパー快晴、北鎌尾根と槍ヶ岳、樅沢岳から続く西鎌尾根が素晴らしい。
次男の状況を伝えて電話を終了した。



今や遅しと電話を待つ、10時30分、10時50分、11時10分・・・着信は無い、不安症が顔を出し始めた。
marukeiから電話した、ラッキーにもコール音、「ハイ!」

「今どこだ?」、「弓折り岳直下」・・・鏡平ではない、そのはるか先2600mの稜線にいた。
「ごめん余裕がない」・・・ゼイセイと彼の呼吸音が聞こえた。

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<樅沢岳から弓折岳、笠ケ岳への稜線:当日の長男の添付写真拝借>

彼のいる弓折岳は写真右、中間のピーク、ここまでくる理由はあったのだった。

「足がおかしい」、「違和感が甚だしい」、「暫く休んで時間をかけて山小屋に向かう」・・・
「兄に医者の湿布薬があるので貰うこと、無理せぬこと」を言って電話を切った。

今度は心配性で落ち着かない、普通であれば双六小屋まで30分少々なはずだが・・・
午後12時30分、電波が通じる場所から電話あり・・・「だましだまし三分の一を歩いた」、「大丈夫だから心配しないで」

それ以降の連絡は途絶えた、電波が通らない場所だから仕方ない、長男がいるので少しは安心だ。
しかし、足は回復するのか、下山できるのか・・・心配、不安の一夜を過ごした。

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<樅沢岳山頂から、鷲羽岳、水晶岳方面の展望:当日の長男の添付写真拝借>

こんな素晴らしい天候なのに眺める余裕もないのだろうか、等と考えていたら眠っていた。

予定では早朝に双六岳を往復して下山にかかる、早ければ双六岳から一報が入るはずだ・・・
しかし、何時になってもメール、電話もない、8時、9時・・・最早心配症と不安症がピークに近づき始めた。

妻だけが養母のお世話にいった、marukeiは連絡待ち・・・10時、11時、完全に不安に陥った。
何をしても落ち着かない、イライライラ・・・妻が帰ってきた、不安を打ち明けた。

「緊急事態なら何らかの連絡があるでしょう」、「きっとスマホの電池が無い」、「下山したら連絡あるよ」
何とドツシリしている、羨ましい、極度の心配性のmarukeiは打ちひしがれた。

ベッドで目をつぶって過ごす、午後2時過ぎ階下で動きがあった、慌てて下に降りた、下山の電話だった。

「足は?」「なんで連絡しなかった?」・・・「痛いが大丈夫」、「朝一に電池切れ」。

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<双六から三俣蓮華方面の景観:当日の長男の添付写真拝借>

長男が急きょ休暇をとって、早朝に双六岳と三俣蓮華岳(写真の山)に登ってご来光を拝んで、次男のザックを背負って
鏡平まで送ってくれたらしい、ありがたいことだ。

車でスマホを充電して夜8時に無事に帰宅した、下道を走ってきたらしい。

日焼けした顔をみたらようやく安心感で満たされた、昨日はぐっすりと眠れた。

どうしてこんなに些細な事でも悪い方向に考えてしまうのだろう、妻のようにドッシリと構えたい。
情けない我が身・・・どうしたらこの「蚤の心臓」が改善されるのだろう。

たぶんお迎えがくるまでそうだろう、いやはや情けない一日半だった。
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